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ハロウィンねえ

Facebookを始めました。
お友達になってる人々が、地域活動で繋がってるってこともあるとは思うんだけど、
ハロウィンがらみのイベントへのお誘いが、やたら多い。

私も、昔は似たようなことやってたような気もする。
あのまま来てたら、今もやってたかもなあ。

みなさん、ごくろうさま。

わたしは、行くのやめとく。

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胃カメラ飲みました

今日、胃カメラを飲んできました。
美味しいものではありませんが、めちゃくちゃ拒絶するほどでもなかったですよ。
看護士さんから、あらかじめ「よだれをタラタラ流して良い」と、言われたので、
とても気楽でした。

なぜ、胃カメラ?・・・と、言いますと、
そもそもは、1か月ほど前のことになりますが、
風邪気味だったので、こじらす前に薬を飲みたいと思って病院へ行きました。
7月末から8月いっぱい、児童館の放課後児童クラブ(学童保育)で働くことになったので、
「風邪なんか、ひいてられない」という感じだったのです。
病院へ行くのが早すぎたのかな?
よく分かりませんが、病院で出してもらった薬が効かなかったのです。

「この薬が効かないということは、風邪じゃあないですね」と、驚かされて、
血液検査、肺のCT、そして今日の胃カメラ・・・
と、いうメニューが用意されたってわけです。

血液検査で、腫瘍マーカーの数値が高めで、
まあ、乳がんをやっておきながら、今まで人間ドッグも受けずにきたので、
がんの転移を疑うのも当然ですわね。

児童館のお仕事は、楽しくて、やりがいもあったから、休まず行っちゃいました。
8月中旬以降は、市販の咳止めを飲んだり、トローチをなめたりしながらね。

胃カメラの結果は、異状なし。
ポリープは3つ見つかりましたが、悪いものではありませんでした。

ん~~~、で、この咳の原因は、いったい何?
てのは、よく分からないのですが。
医師に伺ったら「まあ、咳は多少残りますね」と、前に撮った肺のCTを見せてくれました。
咳に関しては、しばらく「様子見」ってことね。

50年来、酷使してきた肺や胃は、ちゃんと正常なことが分かることができ、
今回は、良い機会でした。
これからは、肺や胃には、50代にふさわしい優しい対応をしてあげたいと思ってます。

一方、この咳、勝手な自己診断としては、
家のホコリ、児童館で大声を出したこと、やらねばいけないことへの自責、家族への気遣いなどなど、
ようするに、たまったストレスが原因なんじゃないかな?
普段なら平気でいられるのに、免疫力が落ちてるから、症状として現れる。
体がSOSを出してんのよね。
そういえば、最近あそんでないもんなあ、ヤバい!

・・・で、
結局のところ、お医者さんは、疾患を診て、見えた部分を直してくれる技術屋さんかもね?
と、思いました。

だから、自分自身しか出来ないことは自分でするしかないわけ。
ランニングして免疫力を高めるとか、本を読んで豊かになるとかね。

この処方箋に気付くことができたのは、
私だけの力じゃなくってね、
私の話を聞いてくれる人、
私に話しかけてくれる人、

そうです。あなたが居て下さったからなのです。

おかげさまです。感謝してます。
ありがとうございます。

能力の共同性(共同体を考える7)

社会との関わり方について、伊原(2015)は
「私たちの生活は、市場原理など一元的な基準によって評価されるべきものではない。
会社で働き、家族との団欒を楽しみ、親しい人との交流を深め、
地域社会の活動に参加し、さらには‘無為に過ごす時間’を満喫するなど、
社会への関わり方は多面的であり、多元的である」と、述べている。
また、「消費―労働」からくるストレスに注目して伊原は、
「社会政策上の対策や地域社会での取り組みが必要だが、
一人ひとりが身の周りからできることもある。
消費―労働に追われた生活から半ば降り、
労働に関する「トラブル」に対処する方法を身につけ、
親しい仲間で経済的・精神的に支えあい、自分たちの中に「あそび」を作る。
自らが近辺の環境を変えることにより、
少しずつではあるが社会意識や社会構造は必ずかわっていくのである」
と、示唆している。

 広井(2009)が示したように
「市場経済の拡大ひいては資本主義の展開という流れが成熟ないし定常期に入り、
その飽和と共に『新しいコミュニティ』の創造ということが中心的な課題として現れ、
『関係性の組み換え』あるいは『独立した個人のつながり』の確立に向けて
様々な対応や具体的実践が行われていくことが求められている」のは事実であろう。
しかし、その実践は、成果主義や市場原理に変革をもたらすものではないだろう。
そして、「新しいコミュニティ」が、「格差」や「貧困」を直接に解決することはできないであろう。

 私たちは、時代の流れを受け入れ、発生している問題の背景にあるものを捉え、
理解して、自分の身に降りかかる問題は自分で対処するしかない。
ところが、それだけでは、孤独で虚しい毎日となってしまう。
そこで、「誰かに話したい」、「誰かに助けてもらいたい」、
「楽しくやり過ごしたい」などと感じた時、
あるいは「何をしたいわけではないけれど・・・」と思う時でさえも、
立ち寄れる場所があり、誰かが居てくれたら「ありがたい」ではないか。
年をとって、足腰が弱った時に立ち寄るためには、近所にそのような場所を作っておいた方が良いであろう。
近代社会は、資本主義経済のもと、能力を商品化して貨幣に替え、ニーズに対処してきた。
その延長上に「リスク社会」と呼ばれる現在がある。
自助努力では満たせない欠乏の発生や、公助の限界がみえてきた。
共助への期待が高まっている。
「能力の共同性」という考え方を重視して竹内(2007)は、
「個人にできないことがあるのは当然で、周囲に助けられる方が大事な場合もたくさんある」
と、言及している。
これからは「『能力の共同性』の認識」、
そして、「『能力の共同性』の認識からなる『コミュニティ』への関わり」が必要なのかも知れない。

参考文献
広井良典[2013]『コミュニティを問いなおす : つながり・都市・日本社会の未来』 ちくま新書
伊原亮司[2015]『私たちはどのように働かされるのか』 こぶし書房
竹内章郎[2007]双書 哲学塾『新自由主義の嘘』 岩波書店

「共同体」「新しいコミュニティ」(共同体を考える6)

「『無縁社会』という言葉が衝撃をもって受けとめられ、
東日本大震災の過酷な現実に直面して絆の大切さが見直されるなかで、
いま、コミュニティへの期待や関心があらためて高まっている。」と、山崎(2014)は言う。
 
 「コミュニティへの期待や関心」には、どのようなものがあるのかを見ていくことにする。
広井(2009)は、「農村型コミュニティと都市型コミュニティ」という視点から
人と人との「関係性」のありかたについて、次のように述べている
「都市化・産業化が進む以前の農村社会においては
‘生産コミュニティ’と‘生活コミュニティ’が、ほとんど一致していた。
すなわち、稲作等を中心とする‘共同体に一体化する個人’ともいうべき関係性があった。
やがて高度成長期を中心とする急速な都市化・産業化の時代において、
両者は急速に分離していくとともに、‘生産コミュニティ’としてのカイシャが
圧倒的な優位を占めるようになっていった。
ところが、経済が成熟化し急速な拡大・成長の時代が終わりつつあると同時に、
カイシャや家族という存在が多様化・流動化している現在、
こうした構造そのものが大きく変容する時代を迎えつつある。
ここにおいて、地域という‘生活コミュニティ’は回復しうるかという問いが
新たな装いのもとで浮上してきた。
日本における根本的な課題は
‘個人と個人がつながる’ような、‘都市型のコミュニティ’ないし関係性というものを
いかに作っていけるか、という点に集約される」。
 
 一方、広井(2009 )は、人間のベースにあるものを捉えて、
「『都市型コミュニティ』を支えているのは規範性・理念的なルールや原理であり、
それ自体において‘情緒的な基盤をもっていない’。
しかし人間という存在は少なくともそのベースに
情緒的あるいは感情的な次元をもっている生き物であるから、
何らかの形での『農村型コミュニティ』的なつながり、
つまり『共同体』的な一体意識をも必要としている」と、述べている。

 「『共同体』的な一体意識」とは、どのようなものであろうか。
「共同体」と呼ぶ条件について触れているものに内山(2010)の
『共同体の基礎理論―自然と人間の基層から』がある。
「共同体の中には強い結びつきをもっているものも、ゆるやかなものもあるだろう。
明確な課題をもっているものも、結びつきを大事にしているだけのものもあっていい。
その中身を問う必要はない。
ただしそれを共同体と呼ぶにはひとつの条件があることは確かである。
それはそこに、ともに生きる世界があると感じられることだ。
だから単なる利害の結びつきは共同体にはならない。
群れてはいても、ともに生きようとは感じられない世界は共同体ではないだろう」
と、内山は述べている。

 これからのコミュニティ政策について山崎(2014)は、
「①コミュニティという目標を維持し、
②歴史的に積み上げられてきた地域自治の成果をふまえて、重層的に範域を設定し、
③地縁型組織とテーマ型組織の連携を促し、そして、以前からの欧米の実践も参考にしながら、
④コミュニティの制度化のあり方を問うことが求められる」とし、
地域自治という発想が定着していない現状に対して
「コミュニティの制度化を法に限定せず、より柔軟に考える必要があろう」
と言及している。

(参考文献)
広井良典[2013]『コミュニティを問いなおす : つながり・都市・日本社会の未来』 ちくま新書
内山 節[2010]『共同体の基礎理論―自然と人間の基層から』 (シリーズ 地域の再生) 農山漁村文化協会
山崎仁朗[2005]オスナブリュック市における近隣自治機構の再編 岐阜大学地域科学部研究報告第16 号
山崎仁朗編著[2014]『日本コミュニティ政策の検証:自治体内分権と地域自治へ向けて』 東信堂

現代社会(共同体を考える5)

 戦後の日本社会を「農村から都市への人口大移動の歴史」と捉えた広井(2009)は、
「農村から都市に移った人々はカイシャと核家族という‘都市の中の農村(ムラ)を作っていった。
カイシャや家族といったものが‘閉じた集団’になり、それを超えたつながりがきわめて希薄になっていった。
そしてさらに、そうしたムラ社会の単位が個人にまで縮小し、
人と人の孤立度が極限まで高まっているのが現在の日本社会ではないだろうか」と、分析している。
※広井良典[2013]『コミュニティを問いなおす : つながり・都市・日本社会の未来』 ちくま新書

 1970年代後半、オイルショックにより、先進諸国の産業構造は大きく変化した。
近代化によって達成された豊かさはリスク要因となり、
さまざまな問題が人間や社会に影響を与えた。
さらに、グローバリゼーションによる長期不況、長期失業。
少子化による現役世代の減少。
限られた予算で、福祉的救済の需要に対応することが、先進国に共通する課題となっている。
 
2000年代前後から、議論が活発化してきた「格差・貧困」の問題について新谷(2010)は、
「人々は『格差社会』が声高に叫ばれれば、それに対して個人的に対処しようとする。
そして、その意思と用いることのできる資源は、経済資本、文化資本などによって規定されている。
それゆえ、むしろ格差の拡大を導いてしまう可能性が高い」と捉えている。
※新谷周平[2010]『労働 : 若者の現在』第五章
『新しい「階級」文化への接続:「動物化」するわれわれは「社会」をつくっていけるのか?』 日本図書センター

 現代の日本社会における「うつ病」など精神疾患を患う労働者および失業者の増加について、
伊原(2015)は、「『ムダ』=『あそび』が社会から削り取られ、
先の見えない競争を強いられ、賃金や資産の格差が拡大し、
それらに起因する『ムリ』を押しつけられた部位の『弱さ』が表面化した現象の
一つとして認識すべき」であると述べている。
※伊原亮司[2015]『私たちはどのように働かされるのか』 こぶし書房

場における役割(「共同体」を考える4)

 私が、「コミュニティ」に「共同体」的なものを感じたのは、
2011年、東日本大震災直後の5月に被災地を訪れたときである。
気仙沼の高台にあるお寺が避難所の役割を果たしていた。
おそらく、住民らが津波から逃れて、お寺で寝泊まりをするようになったのが始まりであろう。
お寺の避難所は、住民のそれぞれが役割を担う形で運営がなされていた。
漬物をつくる高齢者や、体験談を語る高齢者、日曜大工をする若者、
さらに、皆の食事を作るグループ、境内で遊ぶ子どもらを見守るグループなど、
そこに住む一人ひとりに役割があった。ごみ処理については、順番を決めて皆が協力していた。
朝は、寝具を片付ける時間が定められていた。
ソトの機関とつながっている者もいて、生活に必要な物資は、ソトから届いていた。
お堂の片隅には、届けられた物資がよく見えるように陳列されていて
「ご自由にどうぞ」と張り紙がしてあり、
スナック菓子や、ジュース・お茶のペットボトル、日用品などが並んでいた。
お寺で暮らす人々は、ウチに向かう連帯感と、ソトとの接点を持っていたのである。
そして、住民らは、自ら作り上げたルールや仕組みを基盤にして共同で生活していたのだった。
 一方、行政が小学校に設置した避難所は、段ボールの壁で個人のスペースを仕切り、
そのスペースの中は、布団が敷きっぱなしにされていた。
昼間、何をすることもなく、住人の多くが横になっていた。
 どの避難所も、共通して言えることは、子どもたちは無邪気だったということである。

communityとは(「共同体」を考える3)

用語の定義 
「濱嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘 編『社会学小辞典』〔増補版〕(有斐閣1991増補版13刷)」より、
一部抜粋しておく。

共同体 (community 独Gemeinde)
広義には相互依存的な生活と共同労働、
共属感情および連帯感につつまれた成員から成る共同社会を指すが、
狭義にはマルクスの歴史理論でうち出された近代以前の社会の基底をなした生産様式をいう。
それによれば私有財産制の成立に先立つ共同所有と共同労働を基礎としていた原始共同社会から移行して、
私有地と共有地が併存する土地所有形態をとる。
そこでは共同体的に占取された土地に何らかの形で依存せざるをえないために、私有地の経営においても、
三圃制度や混在耕地性などの種々の共同体規制を受けざるをえない。
低い生産力の下で成員と共同体を維持再生産することが最も重要なこととされ、
階層分化を抑制するための内部における平等性、
共同体的土地所有を守るための外部に対しての封鎖性を特徴とし、
局地的小宇宙として孤立分散したものであった。

コミュニティ(community)
コミュニティの社会学的含意は、一定地域の住民が、
その地域の風土的個性を背景に、その地域の共同体に対して特定の帰属意識をもち、
自身の政治的自立性と文化的自立性を追求すること、に示される。
コミュニティの規定自体、多義的で、そのことがコミュニティ概念の曖昧さにつながっている。
ヒラリー(Hillery,G.A.)は94通りの規定を整理して、
「地域性」(area)と「共同性」(common ties and social interaction)が最低限の共通項であることを発見している。
コミュニティ思潮という脈絡では、低迷期と高揚期の繰返し(離脱と回帰のサイクル)である。
1970年代のわが国では、巨大都市を中心とする社会構造の変動により、
伝統型の「地域共同体」(およびその擬制的延長)が衰微化しており、
したがって住民にとって新しい規範をもつコミュニティ形成の必要が、強調されている。
新コミュニティは、伝統型共同体のように固定した社会=経済的基盤に照応しておらず、むしろ
1)住民の意思と行動という価値理念の面で追及
(地域生活過程における住民の思想と行動の新しい体系、とのコミュニティ規定)と、
2)都市的生活環境施設の物的な面での充実
(生活環境施設のネットワーク、とのコミュニティ規定)の二つの極に突出している。

ボランティア20年歴 (「共同体」を考える2)

私が今の居住地に引っ越してきたのは、中学3年の夏でした。
転校せず名古屋の学校へ通ったので地元に知り合いはできませんでした。
育児期に近所の公園で出会った幼い子を連れた母親らが、市内で初めての友人となりました。
その母親らと公共施設で集まっていたことが、きっかけとなり、
私は行政との協働で新しい事業に関わるようになったのです。

地域コミュニティに関わりはじめてから20年が経ちます。
その間、地域活動の現場には様々な変化が現れました。
阪神・淡路大震災が起きた1995(平成7)年は、
多くの市民が災害ボランティアとして参加したことから、「ボランティア元年」と呼ばれ、
ボランティア活動が注目され始めました。
その流れをうけて、1998(平成10)年に「特定非営利活動促進法(NPO法)」が制定され、
ボランティア団体に法人格が与えられました。
この頃、「有償ボランティア」という言葉をよく耳にしました。

2000(平成12)年に閣議決定した行政改革大綱をもとに、自治体の職員数は減少傾向となり、
地域で集う個々人と、意見交換をするような時間的ゆとりを持つ職員も、いなくなっていきました。  
介護保険制度では、「『措置』から『契約』へ」と変わり、
老人介護のみならず福祉事業全般において、
サービスを提供する側と、サービスを受ける側との関係は、契約に基づいて築かれることとなりました。

緩和規制により、各自治体は、NPOとの協働関係の創出など
官民が一体となって、地域支援に取り組めるような施策の充実を迫られました。
やがて、社会事業に導入された市場原理によって成果主義が浸透してくると、
指標に対する意識の高い、NPOを含む民間が、
これまで公的部門が供給していた社会事業に参入してきました。
一方、IT革命が社会に及ぼした変化は、地域活動にも影響を与えていました。

地域活動に携わってきたボランティアにも、
「地域にどう関わるか」が課題として現れてきました。
そして、社会の大きな転換は、私に違和感となって襲いかかってきたのです。

草の根活動から出発し、他者とつながることに生きがいを感じながら、
一つ一つ積み上げてきましたが、ここで、大きな壁にぶつかりました。
「これ以上続けるために、仕事としてやっていく覚悟はあるのか?」
「いったい、私は、なにを目指して、やってきたのだろうか?」

あの頃の私は、遭遇した「違和感」や「壁」を、
こころの中で整理するのに、必要な知識も言葉も持ち合わせておらず、
たいへん困惑していたわけです。

そして、2012(平成24)年、放送大学で心理学と教育学を学び始めたのでした。

放送大学機関誌の8ページに、私から皆様への感謝の気持ちが掲載されました。

大塚久雄『共同体の基礎理論』をめぐって (「共同体」を考える 1)

共同体

大塚(1955)は、共同体の発展に伴う形態の変化を、
土地の私的所有の拡大、血縁制的関係の弛緩・解消、共同体内分業、共同体内市場の発展によって、
「アジア的形態」「古典古代的形態」「ゲルマン的形態」の三形態を基本諸形態として分析した。

大塚は、「富」を包括している「土地」を「共同体」が占取し、個人が「共同体」として再生産していくと、
「共同体」内部に「固有の二元性」がはらまれてくることを説明している。
共同占取と私的所有、集団性と個人、といった共同体「固有の二元性」。
この二つのせめぎあいが、生産力向上のなかで、「共同体」の形態を変えていくというものである。

私的所有の拡大と共同体所有の縮小や、共同態規制(集団的、封建的な規範)の弛緩と私的領域の自立、
最終的には共同体の崩壊と個人の自立により近代資本主義の時代を迎える、
というのが大塚の考え方であると言えるだろう。

一方、大塚共同体論を批判した小谷(1982)は、
「大塚氏の共同体理論は外枠をマルクスに借りながら、
その内実はヴェーバーによって埋められている」ことを指摘し、
次の3項目を検討した。
①「アジア的共同体」の概念とインドの共同体の歴史的性格との相違 
②「共同体と所有の発展段階」の測定に「私的土地所有の発展という契機」を指標とすることの非妥当性 
③グローバルな視野からとらえる近代世界把握「共同体と近代」認識の問題点。

渡辺(2007)は、小谷(1982)の大塚共同体論に対する批判を取り上げ、
「日本などかなりの地域では、土地所有が重要な意義を有しており、
共同体的所有と私的所有の相互関係が重要な意味をもっていたこともまた事実である」としながら、
小谷の主張に首肯し「所有の対象を土地に限定しないかたちで、
普遍的な所有と共同体の発展の法則を追求すべきである。
共同体的土地所有から私的土地所有への移行をもって
共同体の普遍的な発展段階の尺度とするのは誤りであろう。
また、世界的にみれば、近代に入ると共同体は解体すると単純に言えない」
と述べている。

大塚の『共同体の基礎理論』が刊行された1955(昭和30)年の背景を、
内山(2010)は次のように説明する。
「近代化、市民社会化、民主化が絶対善のように語られた時代であり、
共同体は否定の対象であった。
封建社会の否定の上に資本主義の時代を築き、
さらに資本主義の否定の上に社会主義を築くのが歴史の発展と捉えられていた。
この時代には共同体は封建的なもの、個人の自由を奪うものと見えた」

内山は、その時代から変化した今日の思想状況について
「社会主義が未来へのエネルギーを喪失したばかりでなく、
近代的な市民社会もその問題点が目立つようになってきた。
個人がバラバラになった社会は資本主義の駒として人間が使われるばかりであり、
孤立、孤独、不安、ゆきづまりといった言葉が個人の社会にふさわしいことが明らかになってきた。
代わって、関係性、共同性、結びつき、利他、コミュニティ、
そして『共同体』が未来に向けた言葉として使われるようになってきた。
今日の共同体への関心は、過去への思いとしてではなく、
未来への探求として展開していくことになった。
自然と人間が結びなおし、人間と人間が結び直していく。
そういう社会のあり方を共同体としてつかみ直す意識が、広く展開するようになった」
と、述べている。

参考文献
小谷汪之[1982]『共同体と近代』 青木書店
大塚久雄[1955]『共同体の基礎理論』岩波書店
内山 節[2010]『共同体の基礎理論―自然と人間の基層から』 (シリーズ 地域の再生) 農山漁村文化協会
渡辺尚志[2007]『大塚久雄「共同体の基礎理論」を読み直す』日本経済評論社 第三章 日本近世村落史からみた大塚共同体論

「格差」を考える

世の中には所得格差、資産格差、雇用格差、教育格差、地域格差、世代格差、男女格差、健康格差など
いろいろな格差が存在する。
日本は、1960年代の高度経済成長期以降、多くの国民が自らを中流と意識し、
70年代には「一億総中流社会」と言われた。
そして、1990年代以降は低成長時代に突入した。
2000年代前後から、構造改革の推進による規制緩和や成果主義、市場原理の徹底などを背景に
「格差・貧困」を巡る議論が活発化してきた。

2014年12月、雇用労働社会政策局は、OECD所得分配データベースを分析した。
その結果から、所得格差の拡大は、
最上位10%の所得層と最下位10%の所得層の格差拡大に見られるだけでなく、
格差を測るジニ係数(完全な所得平等を示すゼロから、1 人が全所得を独占する1 までの範囲)
その拡大にも見られることを明らかにした。
OECD 諸国のジニ係数は、1980 年代半ばには0.29 だったが、
2011/12 年には0.32 へと3 ポイント上昇していた。
OECDの新たな分析は、所得格差の拡大が、経済成長の低下を招くことを示唆し、
格差によるマイナス影響は、貧困層ばかりでなく、
実際には下位40%の所得層に及ぶことを示した。

一方、厚生労働省の平成24年版「労働経済の分析」は、
2005年と2008年の「所得再分配調査」の結果から、
「再分配所得」のジニ係数はむしろ低下しているとし、
再分配後は、税・社会保障による不平等度の低下を表した。
(当初所得ジニ係数、2005年は0.5263、2008年には0.5318。
再分配所得ジニ係数、2005年は0.3873、2008年には0.3758)
ところが、もう少しさかのぼって、厚生労働省「所得再分配調査」を調べてみると、
1996年の当初所得ジニ係数は0.4412、再分配所得ジニ係数は0.3606であり、
長期的に傾向を捉えると、明らかに格差は拡大傾向にあると言えるのだ。
 
 格差の問題について新谷周平は、「若者の現代」『労働』(2011)で、
「人々は『格差社会』が声高に叫ばれれば、それに対して個人的に対処しようとする。
そして、その意思と用いることのできる資源は、経済資本、文化資本などによって規定されている。
それゆえ、むしろ格差の拡大を導いてしまう可能性が高い」と述べている。
 格差の連鎖について新谷は、
「親の所得や学歴によって、教育達成が妨げられる社会が公正であるとは言えない。
それを是正するための制度構想は必要だ」とも述べている。
所得は学歴に強く相関しており、若者の所得格差には教育・学歴格差が大きく影響している。
親の所得格差が子どもの教育・学歴格差をもたらし、
それが若者の雇用格差や所得格差につながり、
所得格差が親から子どもへと連鎖しているということだ。
 
また、一方で、格差社会の問題として非正規社員、フリーターの拡大がある。
非正規社員やフリーターは年齢が高くなるほど正社員への転換が難しい。
つまり、正社員になれず、フリーターを続けていると更に正社員への道が遠のく。
だから、フリーターは将来にわたり低所得のままになる恐れも出てくる。
でも、企業側は、賃金が安く、忙しい時に雇い、
暇になったらやめてもらうというフリーターなどを必要としている。

最近、日本の格差社会に関連して「恋愛格差」という概念が生まれた。
Wikipediaによると、優れた容貌やコミュニケーション能力をもつ男女に異性が集中し、
その対極にある人々にはほとんど恋愛のチャンスがない、という現状を指す。
前者は、もともと持っていた資源で、ある程度若いうちから恋愛を経験し、
以降途切れる暇もなく恋愛経験を積み、
恋愛に適した人間性を含めた魅力にますます磨きをかけてゆくことができる。
後者は、恋愛に使える資源が乏しいため、色恋と無縁に過ごすことを余儀なくされ、
前者との差は広がるばかり・・・といったイメージであろうか。
 
しかし、「恋愛格差」について言うならば、
恋愛経験が豊富な人が幸せになるとは限らない。
多くの人と付き合えても、「この人が運命の人だ」と感じることが皆無ならば、
味気ないものだ。
逆に、恋愛の資源など持っていなくても、
たった一人の運命の人に出逢えれば何も問題はない。

じつは、私の近くにいるフリーターだって、とても幸せそうなのね。
格差と幸せは別の次元なのかも知れないな。
プロフィール

うぃんく

Author:うぃんく
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