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「いってきます」

いってらっしゃい
出勤する孫に手を振る図

「せっかくだから、施設に入所していないからこそできることって何かないか?」
と、考えて思いついたことの一つ。

出勤する息子の出待ちをし、
父の車いすを窓際に移動させて、一緒に見送ることを日課にしてみた。
「いってらっしゃい」と、私が声を掛け、
父は、だまって会釈をしていた。
父にとっても、息子にとっても、私はとても良いことをしているような気になっていた。

そこで先日、
「この毎日の行いをもう少し充実させることはできないだろうか?」と、考えて
「お父さん、左手は上がるよね。ちょっと上げてみようか」という提案してみた。

今日の父は、「おはようございます」の発語もあり、
笑顔で手を振った。

これまで家族でワイワイしたことがなかった。
孫の学芸会に興味もなかった。
孫がサッカーの試合で活躍する姿に感動するともなかった。
そういうふうにしてきた父を含めて、
「私はようやく温かい家庭を築くことができた」と言えるのだろうか。

家族とのふれあいの中で、父の笑顔を見ることができるまでに、
半世紀以上の時間が掛かった。

よかった、よかった。
これでよかったに違いない。
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居眠り

居眠り
気持ちよさそうに眠っております。
とても静かで手のかからない老人になりました。
とっても「おりこうちゃんです」。

・・・・っつうか、今までが大変だったんだってばさ。
平和になった今日この頃だっ。
ようやくここまで来たわ。

その人、そのひと。
その家、そのいえ。
様々なんです。

介護があって、自分の時間が持てなくなっても、
父に対するストレスが無くなったことは、ほんと助かった。
「車いすになるまで大きなストレスがあったから、今は楽」
というのは、一般に理解してもらうのは難しいだろうが、
けなされたり、怒鳴られたりがなくなった。
冷蔵庫の中が荒らされなくなった。
予想外の食べ物の散らかりもトイレの汚れもなくなった。
早朝に大音量でテレビをつけることもなくなった、
朝起きてきたら、床に大量のミルクが流れているようなこともない。
タバコも監視の下で吸ってくれるので、ボヤの心配もない。
例を挙げれたらきりがない。

今は、この人を見てると「かわいそうだなあ」と、思うんです。
トイレに行きたくなっても、さっさと自分で用を足すこともできない。
「かゆいところに手が届く」ような素晴らしい介護をしてあげたとしても、
やっぱりさあ。かゆいところは自分でかきたいよね。
だから、精一杯、一生懸命に介護したとしても、
「自分でやりたい」という欲求は満たされないよね。

「自分でやりたい」を満たすには自分でやるしかないから、
私にはどうすることもできない。
逆に「自分でやりたい」を自分で満たすことができたなら、
介護は不要だ。
結局、「介護に満足を求めても不可能」ってことだわ。
だから「かわいそうだなあ」。

年をとっていくと、自分で思い通りにできなくなっていく。
それを上手く処理できると楽なのね。
父がいいお手本を示してる。

上手く処理できず、ウップンを周りに当たり散らす人・・・
病院でそんな人を見かけたりするし、
亡くなった母もそうだったわ。

父と母の違いって?
あきらめが「早い」とか「遅い」とか?
もともと自分で「何もしたくない」とか「できるだけしたい」とか?
そういう問題?

ひょとして、介護をしている私の対応が違うからだったりする?
私もずいぶん成長したからなあ。

まあ、その人らしくやってちょうだい。

なにはともあれ、私のような娘が居て良かったねえ。

ところで、ウップンて「鬱憤」と書くんですね。
「鬱」って字、むつかしいなあ。

あっ、そうだ!新聞。

悩みを聴いたあとに「聴いてくれてありがとう」
って言われるのは気分がいい。

知り合いからの電話で「たすけてください」って突然言われたときには
「ん?どうした?」と、うまく対応できた経験もある。

「相談所」の看板を揚げているわけでもないし、
「カウンセラー」と記した名刺を配っているわけでもない。

頼ってきてくれる人は、どういった基準で私を選んでくれているのかは知らないが、
私って、これを仕事にしてもウマくやれるんじゃない?という自負がある。

で~も、いまは新しい仕事なぞ始められない。
だけど、いつかは・・・と思い続けている。
いつかそのときは、自分で事業を立ち上げるのではなく、誰かに雇ってもらいたい。
事業の立ち上げはボランティアでやってきたから、もう充分です。満腹です。

いまは、介護で家にいるから通信教育でスキルアップ。
そして、ついでに国家資格も取れたらいいな~と、勉強中。

雇ってもらうために、実際の経験がない人と一緒になって国家資格を取ることも、
まあ社会って、そんなモンだから仕方ないとして・・・
生身の経験(私の経験など、おそらく少数派だろうけど)を発信するのもイイかもなあ。

20180503

「介護の体験談」を投稿してみよかな。

あなたの趣味は?

字のベンキョウ
1回目の脳梗塞以降、2回目の脳梗塞で入院するまでの間、
父は利き手が使えたので字を書いていた。

その時に思い付いた言葉を辞書で調べながら
書き留めていたのであろう。
難しい漢字には読み仮名がうたれている。
自身の中では、何か意味のある言葉だったのであろうか。
言葉と言葉の間には、何か関連があったのかもしれないな。

色あせたその用紙を父が手の届くところに置いてみたら、
毎日、何度もなんども読み返す父の姿があった。

そこで、カラオケの歌詞カードも父が手の届くところに置いてみた。
父の字で歌い方が書き込まれたボロボロの用紙からは、
父が熱心に取り組んでいた姿が思い出される。
歌詞カード
ところが、しかし・・・
歌詞カードには興味を示さない。

う~~~ん、なぜだ?

ひょっとして、カラオケには
もともと興味がなかったのかもしれないなあ。

父は以前、カラオケを「リハビリだから」と言っていたことがあった。
本当にそういう位置づけだったのかもね。

カラオケなんて、好きではない。
カラオケなんて、やりたくない。
でも、リハビリだから仕方ない。
・・・と、そういうことだったのか。

もしも、わたしが今突然ぶっ倒れたら~
「おかあさん、おかあさんが好きだった〇〇を持ってきたよ」
と言って、家族はいったい何を持ってくるのだろう?
と、ふと考えてみた。
社会福祉士の国家試験の過去問集か?それとも学会誌?

やめてくれ~~~、
ゆっくり休ませてくれよ~~~。

今この状況の中で仕方なく気を紛らわすために取り組んでるだけのモノ。
って言うか、なんと言うか、
私は負けず嫌いなので、「今のこの状況だからこそ出来ることってなんだ?」
と、考えた結果の行動が国家試験だったり学会だったりに辿り着いてしまったわけで。
そんなモノは持ってきてもらわんでいいわあ。

持ってきてもらいたいものが何なのか、家族にも分かるようにしとかないかんな。
さて、私は何をそろえておこうかな。。。

ばね指

去年の秋のこと、
右手の親指を曲げたり伸ばしたりすると
「ピコン」っ「ピコン」といった違和感があった。
「おもしろいなあ」と「ピコン」っ「ピコン」していたら痛くなってきたので
整形外科の診察を受けた。
そこで「ばね指」と診断されて、注射で治してもらえた。
その時は、痛みがなかったら通院しなくてよいとのことだった。

あれから3か月、「なおった、なおった」と、気を良くしていたのだが・・・
先月、ばね指を再発し、「なおった」などと油断したのは
「根拠のない自信」であったことが明らかになった。

そこで思ったのは、「転んでもタダで起きてはならぬ」
「ばね指」の再発を機に、
「どのくらいの時間をかければ自力で治るのか」
それを検証してみることにした。

しかし!ついに、親指が親指自身で曲がることができなくなり、
けっこうな痛みが・・・
検証など「大きな誤算」だったことを自覚せざるを得ない状況に・・・

しかたなく、あきらめて整形外科へ。

注射してもらえば、すぐ直るから~
と、高を括っていたのだが、
実はそんな甘いものでもなさそうで、
注射の回数には限度があるらしい。
「紹介状を書きますから、手術しますか」
などど、大げさなことを言われてしまった。

実際、注射をしてもらって2週間が過ぎたが
今回は、まだ「ばね指」治らず、痛みもある。

私としては・・・
(私は医師免許を持っていないし、霊感の能力もないが)
これは親指だけの問題じゃない気がするんだよね。
乳がんの手術で、右脇のリンパを取ってるじゃん、
それで右肩が凝ったり、右脇が突っ張ったりするんだよね。
そこをなんとかせんといかんのじゃないかなあ。
そこが、なんともならないのなら、
そんなことくらい「屁とも思わない」くらいに身体全体を鍛えるとか!

だから・・・、そうだ!走ろう。
走って免疫力を高めて、血の循環も良くなれば、
「ばね指」なんか「屁でもない」。

これは、「根拠のある自信」に違いない。

ばね指1
ばね指2

介護認定の更新

要介護認定の有効期限が来月末ということで、
今日、市役所の人が認定に来た。

デイサービスを週に4回利用して、
用事がある時はショートステイを月に4泊程度利用して、
それでも、家に父が居る時は、同室に居なければならないし、
デイサービスの送り迎えの時間は留守できない。
とてもとても不自由であり、社会的不利を被っている。

だから、いま利用しているものが使えなくなってしまったら、
ますます孤立し、どうなるのか?
まあ、どうかなるとは思うけど、
それは私個人の社会的不利ではなく、社会の損失であろう。
地域にとって、とてもとても勿体ないぞ!!
と、思うのである。

しかし、父も私も介護認定の受け答えは苦手だった。

父は、「〇〇をできますか?」と、聞かれると
瞬時にハキハキと「できません」と答えていた。
その応対の素晴らしさは、耳が遠くないことを証明し、
言葉を理解できることを明確にしてしまった。

私は、あの父であろうとも本人を前に
「あれはできません」「これもできません」と、
出来ないことを並べて落ち込むことができなかった。
ましてや、そんなに親しくもない人に愚痴を吐き出すなど無理だ。

ついつい、にこにこしながら
「まあ、仕方ないですもんね」というように・・・
便秘で困っている様子、
夜のおしっこが大容量で毎日の洗濯が「えらいこった」の件、
入れ歯を外すエピソードなどなど、にこにこと笑いながら話してしまった。

私には、どうも
辛いことをおもしろく話してしまう癖があるようだ。
そして、場を明るくしてしまうサービス精神旺盛、
来客には楽しい顔で帰ってもらわねば気が済まないのであろう。

市役所の担当職員は満足そうに来た時よりも明るくなって帰っていったが、
今回に限ってそれは「してやったり」ではないことに気付いた時は
こと既に遅し。

どうしましょう。
父も私も
「今は介護に困っている」ということをアピールしてないぞ。

もう1回、認定をやり直して欲しい。。。

介護がありますので (1)

修士論文の提出を無事に終え、
何かに追われる日々から解放された~。

これで、ようやくのんびりと介護だけの毎日になるぞな。

ふと思いついた新たな趣味。
鉄道地図
時間を忘れて、これ、けっこういいわ。
楽しいわ。

「いつか行きたい」
というわけではない。

「行けるようになったら行こう」
と、プランを立てているわけでもない。

ただ、ただ、路線図を見てるだけ。
ときどき、「ここまで行こうと思ったら何時間かかるのかな?」
と、調べて「へー。」と、思ったりしている。

ひょっとして、これって、わたし、
行こうとしてるのか?
いつか行こうと思ってるのか?

注目の一局

おとうさん、今日は将棋ですか。
将棋
ん?
右片マヒなはずですが・・・
んん?
右足、ずいぶん高いところに乗っかってますけど。。

3連単?

ボート
おとうさん、
なにやらメモリながら
今日はボートですか?

ボート2
おや、まあ、
左手で、こんだけ書けたら上等ですがね。

リーチ!

まあじゃん
シブちんな顔して麻雀観戦ですか。

ん?
ところで、おとうさん、
右手・・・マヒで上がらないんじゃなかったっけ??

おとうさん、
腕組みはできるんですね。(*_*;!!
プロフィール

うぃんく

Author:うぃんく
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