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「格差」を考える

世の中には所得格差、資産格差、雇用格差、教育格差、地域格差、世代格差、男女格差、健康格差など
いろいろな格差が存在する。
日本は、1960年代の高度経済成長期以降、多くの国民が自らを中流と意識し、
70年代には「一億総中流社会」と言われた。
そして、1990年代以降は低成長時代に突入した。
2000年代前後から、構造改革の推進による規制緩和や成果主義、市場原理の徹底などを背景に
「格差・貧困」を巡る議論が活発化してきた。

2014年12月、雇用労働社会政策局は、OECD所得分配データベースを分析した。
その結果から、所得格差の拡大は、
最上位10%の所得層と最下位10%の所得層の格差拡大に見られるだけでなく、
格差を測るジニ係数(完全な所得平等を示すゼロから、1 人が全所得を独占する1 までの範囲)
その拡大にも見られることを明らかにした。
OECD 諸国のジニ係数は、1980 年代半ばには0.29 だったが、
2011/12 年には0.32 へと3 ポイント上昇していた。
OECDの新たな分析は、所得格差の拡大が、経済成長の低下を招くことを示唆し、
格差によるマイナス影響は、貧困層ばかりでなく、
実際には下位40%の所得層に及ぶことを示した。

一方、厚生労働省の平成24年版「労働経済の分析」は、
2005年と2008年の「所得再分配調査」の結果から、
「再分配所得」のジニ係数はむしろ低下しているとし、
再分配後は、税・社会保障による不平等度の低下を表した。
(当初所得ジニ係数、2005年は0.5263、2008年には0.5318。
再分配所得ジニ係数、2005年は0.3873、2008年には0.3758)
ところが、もう少しさかのぼって、厚生労働省「所得再分配調査」を調べてみると、
1996年の当初所得ジニ係数は0.4412、再分配所得ジニ係数は0.3606であり、
長期的に傾向を捉えると、明らかに格差は拡大傾向にあると言えるのだ。
 
 格差の問題について新谷周平は、「若者の現代」『労働』(2011)で、
「人々は『格差社会』が声高に叫ばれれば、それに対して個人的に対処しようとする。
そして、その意思と用いることのできる資源は、経済資本、文化資本などによって規定されている。
それゆえ、むしろ格差の拡大を導いてしまう可能性が高い」と述べている。
 格差の連鎖について新谷は、
「親の所得や学歴によって、教育達成が妨げられる社会が公正であるとは言えない。
それを是正するための制度構想は必要だ」とも述べている。
所得は学歴に強く相関しており、若者の所得格差には教育・学歴格差が大きく影響している。
親の所得格差が子どもの教育・学歴格差をもたらし、
それが若者の雇用格差や所得格差につながり、
所得格差が親から子どもへと連鎖しているということだ。
 
また、一方で、格差社会の問題として非正規社員、フリーターの拡大がある。
非正規社員やフリーターは年齢が高くなるほど正社員への転換が難しい。
つまり、正社員になれず、フリーターを続けていると更に正社員への道が遠のく。
だから、フリーターは将来にわたり低所得のままになる恐れも出てくる。
でも、企業側は、賃金が安く、忙しい時に雇い、
暇になったらやめてもらうというフリーターなどを必要としている。

最近、日本の格差社会に関連して「恋愛格差」という概念が生まれた。
Wikipediaによると、優れた容貌やコミュニケーション能力をもつ男女に異性が集中し、
その対極にある人々にはほとんど恋愛のチャンスがない、という現状を指す。
前者は、もともと持っていた資源で、ある程度若いうちから恋愛を経験し、
以降途切れる暇もなく恋愛経験を積み、
恋愛に適した人間性を含めた魅力にますます磨きをかけてゆくことができる。
後者は、恋愛に使える資源が乏しいため、色恋と無縁に過ごすことを余儀なくされ、
前者との差は広がるばかり・・・といったイメージであろうか。
 
しかし、「恋愛格差」について言うならば、
恋愛経験が豊富な人が幸せになるとは限らない。
多くの人と付き合えても、「この人が運命の人だ」と感じることが皆無ならば、
味気ないものだ。
逆に、恋愛の資源など持っていなくても、
たった一人の運命の人に出逢えれば何も問題はない。

じつは、私の近くにいるフリーターだって、とても幸せそうなのね。
格差と幸せは別の次元なのかも知れないな。
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大塚久雄 『共同体の基礎理論』 レジュメ

大塚久雄『共同体の基礎理論』(岩波現代文庫2012第8版)
第二章 二 共同体

六、「土地」の占取を物質的土台として成立する「共同体」とよばれる社会関係に関する説明
(問題提起)経済学的にみる「共同体」あるいは「共同組織」の規定性は?
まずきわめて一般的な規定からはじめる。

・「土地」は自然的定在であり「原始的」性格をおびている。
・労働緒主体である諸個人は、「自然的」諸個人であり「原始的」性格をおびている。
→したがって、「共同体」という社会関係は、根底に「自然的」労働諸主体の「原始的」な事態と深い関連をもっている。
※「原始的」とは、人間が作り出したのではなく「自然」が尾を引いていることを意味する。

・「原始共同態」(原始的「群団」から内部組織をもつ「部族共同態」までを指す)は、しだいに「農業共同体」へ移行する。
→「原始共同態」という「原型からもちこされた諸特徴」である「共同組織」を根底にもつ社会関係こそが「共同体」である。

・もともと血統などによって共同組織がつくられており、諸個人は生活を再生産するために、共同組織の一員として「大地」を占取し、自己の労働を介して関係する。その逆ではない。
→「共同体」の根底には「共同組織」が生きのびており、その集団性の外枠を形づくるのは「共同態」。

(補足的説明)「共同体」は、血縁的共同組織が農業共同体へ進展し成立したとされている。
→原始的諸条件、外的諸事情、労働用具の発達などの違いによって、農業共同体は無数の偏差をもち雑多な形態をとるが、「共同体」という構成である限り、根底には「共同組織」がある。

七、「土地」の経済学的意義を想起しつつ、内包する歴史的諸契機に注目し問題を一歩一歩展開する。
「土地」のなかには ①〈原始的な生活諸手段〉と、②〈生産された労働要具〉が含まれる。
①は「共同体」全体で占取され、②は私的に占取される。※生産物交換も古い時代から見出された。

・生産された労働要具の種類と数量の増大により、「分業」の形成と拡大が現れる。
→労働要具の私的占取と蓄積の問題は、社会的「分業」との相関において捉えるべきである。
※分業のもっとも古い形態は男女両性間の性別分業で、それぞれ別個の労働領域をもっていた。

八、「富」を包括している「土地」を「共同体」が占取し、個人が「共同体」として再生産していくと、
「共同体」内部に「固有の二元性」がはらまれてくることになる。

「固有の二元性」とは
・〈土地の共同占取〉と〈労働用具の私的占取〉
・〈原始的集団性〉と〈生産を担う個人相互の関係〉
=「共同体」固有の「内的矛盾」=〈生産力〉と〈生産関係〉の矛盾
→血縁的な共同組織をもつ「原始共同態」には、「固有の二元性」が眠ったままの状態で潜んでいる。
労働用具は独立には用をなさず、個人も共同態的関係に眠り込んでいる。(例にイロクオイ族を示す)

九、「原始共同態」の内部に眠っている「固有の二元性」が目覚めるまでの過程
初期の「原始共同態」は、集団自体が生産力として現れた。
  ↓
「原始共同態」の内部における生産諸力は「分業」の展開によって発展する。
  ↓
牧畜から定着農耕へ移行する過程で「生産された労働用具」の私的な蓄積が次第に増大。
  ↓
蓄積は各個人間に不均等に、性別では特に男性の手中に集中。(「家父長制的家族共同態」成立へ) 
  ↓                            
「固有の二元性」が、古い部族組織の血縁関係の枠を内部から突き破りはじめる。
  ↓
「共同体」Gemeinde,communeと呼ばれるにふさわしい生産様式が生まれてくる。
十、「共同体」成立の物質的土台をなす「土地」の占取関係における決定的な変化
「共同体」によって共同に占取された「土地」の中に、対立して「私的に」占取する土地ができる。

・家族の間で永続的に相続される「ヘレディウム」(囲い込み地)の出現
=部族共同態による土地占取の様式のなかに、共同体の「固有の二元性」が姿を現した。
(「原始共同態」の「最終点」,すぐれて「共同体」と呼べる「最初の型」,第一次的「農業共同体」)

・第一次的「農業共同体」の形成 → 階級分化を開始し「書かれた歴史の時代」に入る
(「農業共同体」の形態は無数である。一つの事例として、インド・アーリア族を示す)

十一、「共同体」の諸形態の継起的発展
・「私的な」生産諸力も活動も「共同体」によって「共同態的に」占取された土地を基盤としてのみ可能で、独立に存在はしない。
→諸個人の私的活動の発展の段階に応じて、それぞれ独自な形態をもつ「共同体」に変容する。

(三つの基本形態)
(1)アジア的形態:血縁関係にもとづく「部族共同態」。「共同地」は部族の共同占取と規制のもとにおかれている。
(2)古典古代的形態:「ヘレディウム」を基地とし「フンドゥス」にまで拡大され、共同地と対抗しあっている。
(3)ゲルマン的形態:「共同地」さえも持分化される。土地占取そのものに密着した「村落共同体」となっている。
 
・「共同体」とよばれる基礎的生産様式が自己を再生産していく筋道
「共同体的土地所有」=「共同態的」に占取された土地を基盤とした生活・・・・第一の基礎的事実
 ↓「固有の二元性」をはらんでいるが、諸個人は独立して私的生産をするほどに成長していない。
「共同態規制」=私的活動が「共同体」全体によって抑制される・・・・・・・・第二の基礎的事実
↓ 非合理的、伝統主義的な「経済外的強制」としてあらわれる。
一定の経済外的な「共同態規制」に媒介されながら進行する。

十二、「共同体」とよばれる生産様式が再生産されていく過程において、「土地」の占取や、「共同体規制」については原生的集団の性格を持った「共同組織」が前面に現れる。

・再生産構造としての「共同体」は、「商品流通」のような単一の構成として現れるものではない。
→社会の全構成は、諸「共同体」の連結体という形であらわれる。・・・・・・・・第三の基礎的事実

・「共同体」の構造的二重性の理論(内と外、「内部経済」と「外部経済」)
(1)「共同体」の内部過程(成員の生活)は基本的筋道をもって再生産され、「共同態規制」を媒介として維持される。その規制の基本といえる共同態的「平等」法則は、「共同体意識」の根底を形づくる。

(2) 物質的基礎をなす「土地」は外部に対して封鎖され、「共同体」成員諸個人の生活維持が優先。
→「共同体」と「共同体」のあいだには何らかの共通の利害が形づくられることはあっても、共同の利害が形づくられることはありえない。(外の人は時には敵となる)
⇒「共同体」は、「内部の共同態的平等」と「外部に対する排他的な独占」の構造的二重性を持つ

(3)「共同体」相互の中間に規制力が及ばない社会的真空地帯が形づくられる
→社会的真空地帯が前期的資本(商業資本、高利貸資本)の成長と活動にとっての地盤を形づくった。
⇒経済の構造的二重性の克服によって「資本の原始的蓄積」が始まった。

(感想)共同占取と私的所有、集団性と個人、といった共同体「固有の二元性」。この二つのせめぎ
あいが、生産力向上のなかで、「共同体」の形態を変えていくという流れが理解できた。

マグロの刺身が残ったので


先日、近所にアピタがオープンしました。

オープン記念セールで調子に乗って、
刺身を余るほど充分に購入しちゃいました。

・・・で、その刺身をすき焼きのタレで煮てみました。

定番の卵焼きには、きざんだ水菜を投入。

あいたスペースには、
昨日の残りのきんぴらごぼうを突っ込みました。


プロフィール

うぃんく

Author:うぃんく
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