ボランティア20年歴 (「共同体」を考える2)

私が今の居住地に引っ越してきたのは、中学3年の夏でした。
転校せず名古屋の学校へ通ったので地元に知り合いはできませんでした。
育児期に近所の公園で出会った幼い子を連れた母親らが、市内で初めての友人となりました。
その母親らと公共施設で集まっていたことが、きっかけとなり、
私は行政との協働で新しい事業に関わるようになったのです。

地域コミュニティに関わりはじめてから20年が経ちます。
その間、地域活動の現場には様々な変化が現れました。
阪神・淡路大震災が起きた1995(平成7)年は、
多くの市民が災害ボランティアとして参加したことから、「ボランティア元年」と呼ばれ、
ボランティア活動が注目され始めました。
その流れをうけて、1998(平成10)年に「特定非営利活動促進法(NPO法)」が制定され、
ボランティア団体に法人格が与えられました。
この頃、「有償ボランティア」という言葉をよく耳にしました。

2000(平成12)年に閣議決定した行政改革大綱をもとに、自治体の職員数は減少傾向となり、
地域で集う個々人と、意見交換をするような時間的ゆとりを持つ職員も、いなくなっていきました。  
介護保険制度では、「『措置』から『契約』へ」と変わり、
老人介護のみならず福祉事業全般において、
サービスを提供する側と、サービスを受ける側との関係は、契約に基づいて築かれることとなりました。

緩和規制により、各自治体は、NPOとの協働関係の創出など
官民が一体となって、地域支援に取り組めるような施策の充実を迫られました。
やがて、社会事業に導入された市場原理によって成果主義が浸透してくると、
指標に対する意識の高い、NPOを含む民間が、
これまで公的部門が供給していた社会事業に参入してきました。
一方、IT革命が社会に及ぼした変化は、地域活動にも影響を与えていました。

地域活動に携わってきたボランティアにも、
「地域にどう関わるか」が課題として現れてきました。
そして、社会の大きな転換は、私に違和感となって襲いかかってきたのです。

草の根活動から出発し、他者とつながることに生きがいを感じながら、
一つ一つ積み上げてきましたが、ここで、大きな壁にぶつかりました。
「これ以上続けるために、仕事としてやっていく覚悟はあるのか?」
「いったい、私は、なにを目指して、やってきたのだろうか?」

あの頃の私は、遭遇した「違和感」や「壁」を、
こころの中で整理するのに、必要な知識も言葉も持ち合わせておらず、
たいへん困惑していたわけです。

そして、2012(平成24)年、放送大学で心理学と教育学を学び始めたのでした。

放送大学機関誌の8ページに、私から皆様への感謝の気持ちが掲載されました。

大塚久雄『共同体の基礎理論』をめぐって (「共同体」を考える 1)

共同体

大塚(1955)は、共同体の発展に伴う形態の変化を、
土地の私的所有の拡大、血縁制的関係の弛緩・解消、共同体内分業、共同体内市場の発展によって、
「アジア的形態」「古典古代的形態」「ゲルマン的形態」の三形態を基本諸形態として分析した。

大塚は、「富」を包括している「土地」を「共同体」が占取し、個人が「共同体」として再生産していくと、
「共同体」内部に「固有の二元性」がはらまれてくることを説明している。
共同占取と私的所有、集団性と個人、といった共同体「固有の二元性」。
この二つのせめぎあいが、生産力向上のなかで、「共同体」の形態を変えていくというものである。

私的所有の拡大と共同体所有の縮小や、共同態規制(集団的、封建的な規範)の弛緩と私的領域の自立、
最終的には共同体の崩壊と個人の自立により近代資本主義の時代を迎える、
というのが大塚の考え方であると言えるだろう。

一方、大塚共同体論を批判した小谷(1982)は、
「大塚氏の共同体理論は外枠をマルクスに借りながら、
その内実はヴェーバーによって埋められている」ことを指摘し、
次の3項目を検討した。
①「アジア的共同体」の概念とインドの共同体の歴史的性格との相違 
②「共同体と所有の発展段階」の測定に「私的土地所有の発展という契機」を指標とすることの非妥当性 
③グローバルな視野からとらえる近代世界把握「共同体と近代」認識の問題点。

渡辺(2007)は、小谷(1982)の大塚共同体論に対する批判を取り上げ、
「日本などかなりの地域では、土地所有が重要な意義を有しており、
共同体的所有と私的所有の相互関係が重要な意味をもっていたこともまた事実である」としながら、
小谷の主張に首肯し「所有の対象を土地に限定しないかたちで、
普遍的な所有と共同体の発展の法則を追求すべきである。
共同体的土地所有から私的土地所有への移行をもって
共同体の普遍的な発展段階の尺度とするのは誤りであろう。
また、世界的にみれば、近代に入ると共同体は解体すると単純に言えない」
と述べている。

大塚の『共同体の基礎理論』が刊行された1955(昭和30)年の背景を、
内山(2010)は次のように説明する。
「近代化、市民社会化、民主化が絶対善のように語られた時代であり、
共同体は否定の対象であった。
封建社会の否定の上に資本主義の時代を築き、
さらに資本主義の否定の上に社会主義を築くのが歴史の発展と捉えられていた。
この時代には共同体は封建的なもの、個人の自由を奪うものと見えた」

内山は、その時代から変化した今日の思想状況について
「社会主義が未来へのエネルギーを喪失したばかりでなく、
近代的な市民社会もその問題点が目立つようになってきた。
個人がバラバラになった社会は資本主義の駒として人間が使われるばかりであり、
孤立、孤独、不安、ゆきづまりといった言葉が個人の社会にふさわしいことが明らかになってきた。
代わって、関係性、共同性、結びつき、利他、コミュニティ、
そして『共同体』が未来に向けた言葉として使われるようになってきた。
今日の共同体への関心は、過去への思いとしてではなく、
未来への探求として展開していくことになった。
自然と人間が結びなおし、人間と人間が結び直していく。
そういう社会のあり方を共同体としてつかみ直す意識が、広く展開するようになった」
と、述べている。

参考文献
小谷汪之[1982]『共同体と近代』 青木書店
大塚久雄[1955]『共同体の基礎理論』岩波書店
内山 節[2010]『共同体の基礎理論―自然と人間の基層から』 (シリーズ 地域の再生) 農山漁村文化協会
渡辺尚志[2007]『大塚久雄「共同体の基礎理論」を読み直す』日本経済評論社 第三章 日本近世村落史からみた大塚共同体論
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