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場における役割(「共同体」を考える4)

 私が、「コミュニティ」に「共同体」的なものを感じたのは、
2011年、東日本大震災直後の5月に被災地を訪れたときである。
気仙沼の高台にあるお寺が避難所の役割を果たしていた。
おそらく、住民らが津波から逃れて、お寺で寝泊まりをするようになったのが始まりであろう。
お寺の避難所は、住民のそれぞれが役割を担う形で運営がなされていた。
漬物をつくる高齢者や、体験談を語る高齢者、日曜大工をする若者、
さらに、皆の食事を作るグループ、境内で遊ぶ子どもらを見守るグループなど、
そこに住む一人ひとりに役割があった。ごみ処理については、順番を決めて皆が協力していた。
朝は、寝具を片付ける時間が定められていた。
ソトの機関とつながっている者もいて、生活に必要な物資は、ソトから届いていた。
お堂の片隅には、届けられた物資がよく見えるように陳列されていて
「ご自由にどうぞ」と張り紙がしてあり、
スナック菓子や、ジュース・お茶のペットボトル、日用品などが並んでいた。
お寺で暮らす人々は、ウチに向かう連帯感と、ソトとの接点を持っていたのである。
そして、住民らは、自ら作り上げたルールや仕組みを基盤にして共同で生活していたのだった。
 一方、行政が小学校に設置した避難所は、段ボールの壁で個人のスペースを仕切り、
そのスペースの中は、布団が敷きっぱなしにされていた。
昼間、何をすることもなく、住人の多くが横になっていた。
 どの避難所も、共通して言えることは、子どもたちは無邪気だったということである。

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