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ばね指

去年の秋のこと、
右手の親指を曲げたり伸ばしたりすると
「ピコン」っ「ピコン」といった違和感があった。
「おもしろいなあ」と「ピコン」っ「ピコン」していたら痛くなってきたので
整形外科の診察を受けた。
そこで「ばね指」と診断されて、注射で治してもらえた。
その時は、痛みがなかったら通院しなくてよいとのことだった。

あれから3か月、「なおった、なおった」と、気を良くしていたのだが・・・
先月、ばね指を再発し、「なおった」などと油断したのは
「根拠のない自信」であったことが明らかになった。

そこで思ったのは、「転んでもタダで起きてはならぬ」
「ばね指」の再発を機に、
「どのくらいの時間をかければ自力で治るのか」
それを検証してみることにした。

しかし!ついに、親指が親指自身で曲がることができなくなり、
けっこうな痛みが・・・
検証など「大きな誤算」だったことを自覚せざるを得ない状況に・・・

しかたなく、あきらめて整形外科へ。

注射してもらえば、すぐ直るから~
と、高を括っていたのだが、
実はそんな甘いものでもなさそうで、
注射の回数には限度があるらしい。
「紹介状を書きますから、手術しますか」
などど、大げさなことを言われてしまった。

実際、注射をしてもらって2週間が過ぎたが
今回は、まだ「ばね指」治らず、痛みもある。

私としては・・・
(私は医師免許を持っていないし、霊感の能力もないが)
これは親指だけの問題じゃない気がするんだよね。
乳がんの手術で、右脇のリンパを取ってるじゃん、
それで右肩が凝ったり、右脇が突っ張ったりするんだよね。
そこをなんとかせんといかんのじゃないかなあ。
そこが、なんともならないのなら、
そんなことくらい「屁とも思わない」くらいに身体全体を鍛えるとか!

だから・・・、そうだ!走ろう。
走って免疫力を高めて、血の循環も良くなれば、
「ばね指」なんか「屁でもない」。

これは、「根拠のある自信」に違いない。

ばね指1
ばね指2

介護認定の更新

要介護認定の有効期限が来月末ということで、
今日、市役所の人が認定に来た。

デイサービスを週に4回利用して、
用事がある時はショートステイを月に4泊程度利用して、
それでも、家に父が居る時は、同室に居なければならないし、
デイサービスの送り迎えの時間は留守できない。
とてもとても不自由であり、社会的不利を被っている。

だから、いま利用しているものが使えなくなってしまったら、
ますます孤立し、どうなるのか?
まあ、どうかなるとは思うけど、
それは私個人の社会的不利ではなく、社会の損失であろう。
地域にとって、とてもとても勿体ないぞ!!
と、思うのである。

しかし、父も私も介護認定の受け答えは苦手だった。

父は、「〇〇をできますか?」と、聞かれると
瞬時にハキハキと「できません」と答えていた。
その応対の素晴らしさは、耳が遠くないことを証明し、
言葉を理解できることを明確にしてしまった。

私は、あの父であろうとも本人を前に
「あれはできません」「これもできません」と、
出来ないことを並べて落ち込むことができなかった。
ましてや、そんなに親しくもない人に愚痴を吐き出すなど無理だ。

ついつい、にこにこしながら
「まあ、仕方ないですもんね」というように・・・
便秘で困っている様子、
夜のおしっこが大容量で毎日の洗濯が「えらいこった」の件、
入れ歯を外すエピソードなどなど、にこにこと笑いながら話してしまった。

私には、どうも
辛いことをおもしろく話してしまう癖があるようだ。
そして、場を明るくしてしまうサービス精神旺盛、
来客には楽しい顔で帰ってもらわねば気が済まないのであろう。

市役所の担当職員は満足そうに来た時よりも明るくなって帰っていったが、
今回に限ってそれは「してやったり」ではないことに気付いた時は
こと既に遅し。

どうしましょう。
父も私も
「今は介護に困っている」ということをアピールしてないぞ。

もう1回、認定をやり直して欲しい。。。

魔法使いがやって来た

私は、ときどき毒リンゴを食べる。
眠っているかのように
目を閉じて、心を閉ざす。

中途半端に、こっちの世界とあっちの世界を行き来したって、現実は変わりはしない。

あっちの世界で楽しく過ごす人を羨んでも仕方ない。

だから、こっちの世界に隠れて
こうやって、やり過ごしていれば
時期が来たときに王子様が現れるはず。

こっちの世界しか知らなければ、
こっちの世界だって悪いことばかりでもない。

毒リンゴを食べ始めたのは、いつからかな?

子どもの頃は、
なんともならない現実を抱えている子どもたちが
外では自然に集まってきて無邪気に遊んでたよな。
あの頃は自由だった。

介護がありますので (1)

修士論文の提出を無事に終え、
何かに追われる日々から解放された~。

これで、ようやくのんびりと介護だけの毎日になるぞな。

ふと思いついた新たな趣味。
鉄道地図
時間を忘れて、これ、けっこういいわ。
楽しいわ。

「いつか行きたい」
というわけではない。

「行けるようになったら行こう」
と、プランを立てているわけでもない。

ただ、ただ、路線図を見てるだけ。
ときどき、「ここまで行こうと思ったら何時間かかるのかな?」
と、調べて「へー。」と、思ったりしている。

ひょっとして、これって、わたし、
行こうとしてるのか?
いつか行こうと思ってるのか?

注目の一局

おとうさん、今日は将棋ですか。
将棋
ん?
右片マヒなはずですが・・・
んん?
右足、ずいぶん高いところに乗っかってますけど。。

3連単?

ボート
おとうさん、
なにやらメモリながら
今日はボートですか?

ボート2
おや、まあ、
左手で、こんだけ書けたら上等ですがね。

リーチ!

まあじゃん
シブちんな顔して麻雀観戦ですか。

ん?
ところで、おとうさん、
右手・・・マヒで上がらないんじゃなかったっけ??

おとうさん、
腕組みはできるんですね。(*_*;!!

修士論文を提出してきました

 「介護をしながら大学院」と言いますか・・・
 「介護をしてたから大学院」のほうが妥当な気もしますが・・・
修士論文を無事(?)に仕上げて提出できた。
修士論文表紙
おかげさま、おかげさま。
みなさまの、おかげさま。

書いてる横で、何やら父も勉強してた(^^;
父、勉強中

不潔行為

いつものように、いつもの時間
夜11時、おむつ交換

ん?
あれっ?
紙おむつの中にはさんでおいたパットがない!

なんか違和感。

ありゃ。パットがおむつから飛び出して背中の下に・・・

で、ご多聞に漏れず、ずいぶん漏れて
下着とパジャマはオシッコでビッショびしょ。

おぉーーーーーキターーーーーー
ついにきたか・・・・・

おむつを自分で外すという行為から、
ウンチを壁に塗りたくる行為まで、
そんな下(シモ)に関する困った行為をひっくるめて
「不潔行為」と言うらしい。

不潔行為への対応、
昼夜問わずだ。
介護者はマイッテしまうのである。

「こうなったら、夜中に何度もおむつを見に来てやろうじゃないか」
「それで私がぶっ倒れたらザマー見ろだ!」
「あんたが先にぶっ倒れても、私が先にぶっ倒れても、そこでゲームオーバー」
「あはははは・・・何事も終わりは来るんだぜ!!」

と、それは昨夜の出来事、昨夜の心の叫び。

そして、今日
気を取り直して「不潔行為」とやらをネットで調べてみることにした。
まず出てきたのは、不潔行為に対する心構えとか、
本人の気持ちがどーこーとか。

違う、ちがう。
そんな消極的な感情論だけで乗り切ろうなどとは思っとらんし~
人生、修行などではない。

私が知りたいのは、
「どうしたらおむつに手を届かなくさせることができるか」
ベッドに手をくくりつけるとか、きっつい睡眠薬を飲ませるとか、
そこに行く一歩手前で何か良いアイデアはないものか?

とりあえず、アマゾンにすがってみたら
イイのがあったわ
「紙おむつホルダー」というブルマみたいな~

プチッとな!
注文しといた。

いのちの理由

「学会で報告するために東京へ行ってきていい?
その間、ショートステイでお泊りをお願いしていい?」
そんな私の問いかけに
「すごいことしてるんだねえ。いいよ」
と、父はにこにこしてくれた。

父に応援してもらえて、
私は臨床教育学会で発表することができた。

帰路につく日の前夜
テレビは衆議院選挙の結果速報と台風情報。
希望の党発足、民進党の解散、立憲民主党の誕生
選挙の争点は・・・
大型台風は勢力を保ち・・・
JR〇〇線の運休は明日の午前中まで・・・

そして帰路の朝、
交通機関の再開と共に行動開始。
乱れたダイヤを乗り継いで移動。
新幹線グリーン車の座席指定券を購入。
新横浜のホームで待つこと40分。
私の座る席を用意した新幹線が到着。

私は窓側の席。その通路側にはもうすでに
‛ちょっと派手めなシャツのおじさん’が。
品川もしくは東京から乗車してきたのだろう。
とりあえず、指定された座席に座った。

でも、なんだか落ち着かないので、
私は立ち上がって車両全体を見渡した。
窓側と通路側の両方が空いてる席があったら
移動しようと思ったのだ。
しかし、通路の向こう側の席に居るお仲間らしき人が
‛派手めなシャツ’のテーブルを開き弁当を置いてしまった。

ああ、これで私は当分動けない。
そんな怪訝そうな様子を察知したのか
‛派手めなシャツ’は「電車、遅れてるみたいですよ」と。

私は「そうですね」と答えて窓に目をやった。

通路の向こう側の席に居る人と話す‛派手めなシャツ’
その声・・・もしや!!まさか!!
私は窓から目を離し、‛派手めなシャツ’の横顔を確認し、
瞬時に「芸能界の方ですか?」と、発声していた。
「はい」と‛派手めなシャツ’。
「‛さださん’ですよね」「高校生の時にコンサート行きました」
「写真、撮っていいですか?」
今思えば、このとき私の思考は全く動いていなかった。
‛さださん’は、「ちょっと今はヨレヨレなので、写真はちょっと」と。
「ああ、そうですね。すみません」と、私。
再び窓に目をやり、そっとしておくことにした。

‛さださん’は、かつ丼弁当を半分ほど食べ、
「身体に悪い物って美味しいですね」と、ひとり言。
それを聞いて私はクスッと。
その後、‛さださん’と乱れたダイヤの話しをした。

‛さださん’は、テーブルを片付けて足下に置いてあるカバンの中を
ごそごそと探り、メガネケースを取り出して眼鏡をかけた。
すると正真正銘の‛さだまさしさん’になった。
そしてその、‛さだまさしさん’は「カメラ持ってますか?」と聞いてくれた。

振り返って、時間が経てばたつほど、不思議が増してくる。
ようやくあの偶然の不思議に包まれた妙な感覚を自覚できてきた。

‛さださん’の隣に座ってた、あの不思議から1日経った。
‛さだまさしさん’の詩に私は救われ、支えられていたことを
しみじみと思い出した。

このタイミングで会えるだなんて、この偶然はスゴイ!
多分偶然なんだけど、私にとって、今で良かった。
今しかない最良のタイミング。

子どもの頃から「死」を身近に感じてて、
「防人の詩」に救われたなあ。
つらくて、つらくて逃げ出したいと思ったときも、
あの詩で「いつかは終わりが来るから大丈夫だ」
と、そこに居られた。
おばあちゃんが死んだときも、あの詩が脳裏をかけめぐった。
乳癌になった時、これでようやく「死」について語れる
って、思ったけど、やっぱりそこは、難しい。
そんなときも「防人の詩」が私の脳裏で流れてる。

誰もがみんな主人公だと
そんな言葉も、自分で思い付いたような気がしてたけど
違うなあ、あの言葉が私を創っていったんだ。

ずっと私は、誰にも共感されず孤独だったと思ってた。
いや、いや、ちがうよ。
‛さだまさしさん’の詩が補償してくれてたんだね。

高校の頃の自分に会えるなら伝えてあげたい。
・・・・・
うまくいくよって、言い切れないし、
良いコトもいっぱいあるよ、とも言えないけど。
でも、だいじょうぶ。心配しなくていいよ。
・・・・・

カラスは黒ですか?と、一人で泣いてた
あの高校生、いまはこんな私になりました。
プロフィール

うぃんく

Author:うぃんく
・・・・・・・・・・・
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